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広島高等裁判所岡山支部 昭和34年(ラ)12号 決定

〔解説〕届出人が戦時または事変に際し、戦闘その他の公務に従事し、自ら戸籍の届出をすることが困難なために、戸籍の届出を他人に委託した場合の特例を規定した法律(委託又ハ郵便ニ依ル戸籍届出ニ関スル件、昭和一五年法律第四号同年四月一日ヨリ施行)は、改正戸籍法によつて廃止されたが(戸籍法第一三八条一項)、同法施行前にされた戸籍届出の委託については、なお、その効力を有するものとされている(戸籍法同条二項)。そこで昭和二二年一二月三一日までの間に委託された届出は、家庭裁判所の確認の審判を受けたときにかぎり、その委託の趣旨に合致する届出をすることができ(法一条)、その届出は届出人死亡の時にさかのぼつて効力を有するものである(法三条)。

しかし、本件事例のように、養子縁組届出の委託者の死亡当時、生存していた養親となるべき夫婦の一方が、その後届出までに死亡した場合には、死亡した夫婦の一方は縁組の意思表示をすることはできず、さりとて、生存配偶者のみからする縁組届は、「配偶者のある者は、その配偶者とともにしなければ縁組をすることができない。」という規定(民法七九五条本文、旧民法八四一条一項)の趣旨に照らし許されないから、委託確認の審判があつても、かかる縁組届は受理できない。というのが従来の戸籍先例(昭三四・六・一一民甲一二三一号民事局長回答)であり、また通説的な見解でもあつた(昭三二・九・一一最高裁家甲八六家庭局長回答、昭二七・一一・二四第二四回戸籍事務連絡協議会決議、昭二八・一・三〇第二五回同決議、昭三〇・三・二三第三六回同決議参照)。

ところが、最近このような消極説に対し、積極説を唱える注目すべき審判例があらわれるに至つた(熊本家裁昭三四・四・三審判月報一一巻七号五八頁、新潟家裁昭三四・一〇・三〇審判月報一一巻一二号一三〇頁)。この審判例は、いずれも、民法七九五条本文の法意は、夫婦間の平和ないし家庭の平和を維持することにあるから、死亡後の届出に基づく本件養子縁組には適用されるべきでないという見解を前提とするものであるが、前者は「委託に基く養子縁組の要件が備るかどうかの点は委託時よりも確認時乃至は確認による届出時に於ける委託者の相手方となるべき者の身分関係につき考慮されるべきものであり委託確認による縁組届出の効力が委託者の死亡時に遡るからと言つて委託時に配偶者があつた者が委託に基く縁組届出時にその配偶者が死亡した場合は生存配偶者は単独で委託者と養子縁組をなし得るものと解するのが相当である」とするに対し、後者は「民法第七九五条本文所定の『配偶者のある者』に該当するかどうかの点は、擬制される表示および擬制される実体関係に密接なことがらであるから、届出があつたものとみなされる時が基準となる」が、「民法第七九六条(旧民法第八四二条)所定の『夫婦の一方がその意思を表示することができないとき』に該当するかどうかの点は、縁組意思形成の最終時期が届出手続の時であること、現実の表示と密接なことがらであることからして、この時を基準とすべきものである。したがつて擬制される表示時には夫婦がともに表意可能の状態にあつたとしても、現実の表示時にその一方が表意不能の状態にあるときは、現に夫婦であるかぎり、他の一方は双方の名義で縁組の届出をすることができるものと解されねばならない」そして、本件事例において「夫婦の一方が死亡したためにこの縁組の成立が否定されるのは妥当でなく……『その一方が死亡したときは、その意思を表示することができないときと同様の手続をもつてこれをすることができる』」と解すべきであり、したがつて「生存配偶者は、夫婦双方の名義をもつて縁組の届出をすることが許されねばならない」とし、相異なる結論に到達している。

本決定は、従来の通説に従い、たとい委託確認の審判をうけても、縁組の届出は受理されないから申立の利益はないとしているが、これは「委託確認の審判は、ただ単に『委託又ハ郵便ニ依ル戸籍届出ニ関スル件』第一条第一項所定の要件事実の存否についてのみ判断してなされるべきものではなく、さらに届出に際して必要とされる実体上ならびに手続上の一切の要件が具備しているか、又は届出までに客観的にみて具備しうる状態にあるか、ということについても併せて判断をした上なされるべきものである」との見解(前掲昭三〇・三・二三第三六回決議多数説)に立つものである。

なお、昭和三五年三月二四日に開かれた第五四回戸籍事務連絡協議会において、本問が議題として協議され、新潟家裁の審判例が多数説によつて支持された。

抗告人 板野

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由の要旨は、亡岸本肇は岸本善助、同きん間の長男として出生したものであるが、二歳の頃父に死別したため、伯母に当る抗告人及その夫要三郎に引取られて養子として育てられ、昭和十七年八月応召出征するまで、抗告人家より離れたことはなく、昭和十九年八月中支から南方方面に転進するに当り、何時戦死するかも計りがたいところから、抗告人と夫要三郎に対し両名の養子として縁組の届出をなすことを委託し、その旨の書面をも送附していたものであるから、その確認を求めるものである、というにある。

併し、配偶者のある者は配偶者と共にしなければ、養子縁組をすることができない(旧民法第八四一条第一項、民法第七九五条)ものであるところ、本件記録編綴の抗告人家の戸籍謄本によれば抗告人は明治四十年板野要三郎と結婚し、爾来同人が昭和三十年十月十九日死亡するまで夫婦関係にあつたものであつて、抗告人主張の委託者亡岸本肇が抗告人ら夫婦と養子縁組の届出を委託したとする当時及び右肇が死亡した昭和十九年九月二十日当時には、抗告人には配偶者要三郎があつたものであるから、その当時抗告人ら夫婦が肇と養子縁組をするには、夫婦共に肇と養子縁組をしなければならなかつたものであるが、その後昭和三十年十月十九日右要三郎は死亡したので、同人は抗告人と共に肇を養子とする旨の意思表示ができなくなつた訳である。しかるに本件委託に基く抗告人と肇との養子縁組届が受理されると、その届出は肇死亡当時にあつたものと看做される(委託又は郵便に依る戸籍届出に関する法律第三条)結果、抗告人は当時配偶者要三郎があるにもかかわらず自己単独で肇と養子縁組をなしたこととなり、前記旧民法第八四一条第一項、民法第七九五条に違反することになるから、結局抗告人と肇との養子縁組の届出はできず、従つてたとい抗告人主張のように肇から養子縁組届出の委託を受けていたとして、その確認の審判を受けても、無駄であつて、抗告人の本件委託確認の申立はその利益がないことになる。故に岸本肇が果して抗告人ら夫婦と養子縁組届出の委託をなしたか否かについて審理するまでもなく、抗告人の本件申立は理由がないものというべく、原審判が、その理由とするところは異なるけれども、抗告人の本件申立を却下したのは結局において正当であつて、本件抗告は理由がない。

よつて主文の通り決定する。

(裁判官 高橋英明 裁判官 浅野猛人 裁判官 小川宜夫)

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